裁判のIT化について

【1】

現在、IT化やAIに関する議論が、各分野で話題になっていますが、法律の世界もまた例外ではありません。特に、裁判の関係では、長年にわたり「裁判のIT化」は検討課題とされていましたが、2017年6月の「未来投資戦略2017」において、「迅速かつ効率的な裁判の実現を図るため、諸外国の状況も踏まえ、裁判における手続保障や情報セキュリティ面を含む総合的観点から、関係機関等の協力を得て利用者目線で裁判に係る手続等のIT化を推進する方策について速やかに検討し、本年度中に結論を得る」ものとされ、これを受けて、同年10月に、内閣官房に「民事裁判のIT化に関する検討会」が設置され、民事訴訟手続を中心に全面IT化を図る方向で提言がなされました。これを受けて、2018年以降現在まで、裁判のIT化について議論が進められるに至っています。


【2】

従来の民事訴訟法でも、IT化について何の定めも置かれなかったわけではありません。むしろ、民事訴訟法の平成8年改正(現行民事訴訟法)では、当時としては画期的とされていた、電話会議システムの利用(民訴法170条3項・176条3項)や、証人尋問手続におけるテレビ会議システム(民訴法204条・民訴規則123条)が導入されましたし、同法の平成15年改正では、鑑定人質問におけるテレビ会議システム(民訴法215条の3・民訴規則132条の5)も導入されました。さらには、同法の平成16年改正では、督促手続のオンライン化(民訴法397条以下)や一般事件におけるオンライン申立て制度(民訴法132条の10)なども導入されました。


しかしながら、条文上は上記のような定めがされたものの、実務的には、電話会議システムが比較的利用されているくらいで、他の制度については、そもそも基盤が整備されず、ほとんど利用されることはありませんでした。そのため、グローバル化の動きが加速する時代において、日本の裁判制度は、特に諸外国からは使い勝手が悪いものとの評価が下されるにいたりました。
今回の動きは、このような評価を覆し、国内外における日本の裁判制度の利用頻度を上げるための姿勢を示したものといえます。


【3】

裁判のIT化については、次の「3つのe」が提言されています。

  1. ①提出(e-filing)
    訴状、準備書面、証拠等の提出、手数料の納付をオンラインで行えるようにしたり、訴状や判決書の送達も電子的に行えるようにすることをいいます。
    上記のように、現行民事訴訟法でも、オンライン申立て制度は定められていますが、書面の出力を前提としていることやこの規定を実効化するための諸規則が定められなかったことなどから、実際に利用される例は少ない状況でした。
    今回のe提出は、従来紙媒体で提出していた上記の各裁判書類を、24時間365日利用可能な電子情報によるオンライン提出に移行し、一本化する方向で検討されているものです。
  2. ②e事件管理(e-case management)
    事件記録を全て電子化して、当事者が主張書面や証拠を随時オンラインでアクセスできるようにしたり、訴状の受付・補正、第一回口頭弁論期日その他期日の調整等をオンラインで行えるようにすることをいいます。
    現在、事件記録は、紙媒体で訴訟記録として綴られ、当事者及び第三者の閲覧に供されるほか、当事者及び利害関係のある第三者は謄写も可能とされています(民事訴訟法91条1項・3項)。これらの手続を利用するには、裁判所書記官に書面を提出する必要がありますし(民訴規則33条の2)、紙媒体の記録であるが故に、他に記録を利用する者がいる場合には、上記手続を利用することができないことにもなります。そのため、これらの事件記録を全て電子化して、いつでもアクセスできるようになれば、当事者や代理人はいつでもどこでも記録を確認でき、また同時に複数の当事者が利用できる点でもメリットがあります(弁護士の立場からは、大量の事件記録を持ち運ばなくてよくなる点もメリットがあるといえます。)。さらに、オンライン上で記録が確認できれば、事件の全体像を把握しやすくなるメリットもあります。
    また、期日の調整については、電話やFAX等で行うことが認められていますが(民訴法149条、民訴規則63条)、近時は、ウェブ会議や電子システム上のチャットなどが活用されていることから、このような方法による利用が認められれば、裁判所と当事者間で同時進行的に期日調整を行うことが可能ともなります。
  3. ③e法廷(e-court)
    これまで法廷という空間で、当事者が現実に出頭して開催されていた口頭弁論期日や争点整理手続、人証調べ期日、判決言渡しなどの期日を、現実に出頭しなくても、ウェブ会議などインターネット経由で行えるようにすることをいいます。
    裁判所への出頭を要しない手続としては、既にみたように、一定の制度が設けられていますが(電話会議システム、テレビ会議システム等)、これを大幅に拡張して、利用者にとってより使い勝手のよい制度にすることを目指したものです。
    もっとも、これは、民事訴訟事件における審理全般についてウェブ会議等により実施するというところまでは想定されておらず、これまでどおり、期日に裁判所と当事者が法廷等に会して手続を行うという形態との併存を図るものです。

【4】

これら3つのeの実現にあたっては、3つの段階(フェーズ)が想定されています。すなわち、フェーズ1では、関連法令の改正等を必要とせずに現行法の下で運用可能なものについて、環境整備を行って実現を図ることとし、フェーズ2では、関連法令の改正等により初めて実現可能なもので、環境整備を要しない事項について、関連法令の改正等を行い、運用を実現することとし、フェーズ3では、関連法令の改正等により初めて実現可能なもので、かつ環境整備を要する事項について、関連法令の改正等を行うとともに、システムやITサポート等の環境整備を実現して、オンライン申立てへの移行等を図ることとされています。


【5】

このような裁判のIT化については、社会のIT化と平仄を合わせたもの、事件記録の保存・管理の効率化、市民が時間・場所を問わず手続に着手できる、などのメリットが謳われていますが、他方でクリアすべき問題もあります。現段階だけでも、裁判に関する諸原則(公開主義、双方審尋主義、口頭主義、直接主義など)との兼ね合いの問題、情報セキュリティ対策の問題、さらには(特に本人訴訟を前提として)ITへのアクセスが困難な当事者が裁判を利用するためのサポートの構築の問題(Digital Divideの問題)などが生じており、今後さらなる問題が発生することが予想されます。しかしながら、めまぐるしく事態が進展していく今日においては、上記の問題がクリアされない限り動くことができないという対応では、いつまで経ってもIT後進国の立場から脱却できないため、まずは動き始めた上で、問題点が発生するごとに解決を図るという姿勢で臨むことが求められています。
なお、IT化という大きな括りでみた場合、これまでに述べた裁判のほか、民事執行手続や倒産手続、裁判外紛争解決制度(ADR)の分野でもIT化の検討が既になされており、紛争解決のあり方について大きな転換期を迎えているといえます。


以上



2019年(令和元年)10月30日
さくら共同法律事務所
カウンセル弁護士 室谷和宏