労働者派遣事業のこれから

1.はじめに

当事務所では、様々な訴訟案件・企業法務・家事事件を取り扱うとともに、企業支援・ベンチャー支援をはじめとする「スタートアップ支援業務」にも注力しております。あらゆる市場が次々と開拓され、目覚ましい速度で進化していくこの時代に、新規開拓事業や新規参入の始動期に関与し、急速成長のための土台作りをサポートする業務は、大変ながら非常にやり甲斐のあるものです。
新たな事業を始めるにあたって、関係省庁の許認可を要するものも多数あり、その取得をサポートすることも重要な業務分野です。
しかし、多くの業法規制において、許可取得は文字通りのスターティングラインであり、具体的に事業を始動させるためには、各事業分野特有の規制内容に応じて、様々な体制づくりが必要になります。
その中でも、業法規制の改正頻度が高い事業分野に関しては、改正状況を把握した上で事業を具体化し、また、今後の改正予定にも対応できるよう、準備を整えなくてはなりません。
以下では、大幅な改正や制度変更、義務の追加等を繰り返す業法規制の一例として、労働者派遣事業の2020年の法改正をご紹介いたしたいと思います。


2.労働者派遣事業について

  1. 労働者派遣事業の性格
    いわゆる「人材派遣業」と呼称することも多い労働者派遣事業ですが、この事業に対する業法規制は、主として「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」(以下「派遣法」といいます。)により定められており、平成27年以後は、一律で許可制事業になっています。
    労働者派遣事業について、昭和60年の派遣法施行以来一定の規制が行われ、ついには一律許可制となるに至った根本的な理由は、「自己の雇用する労働者を、他の事業者に使用させる」、すなわち「雇用」と「使用」を分離させるという事業としての性格が、職業安定法第44条において禁止される「労働者供給事業」と共通していることにあるといえるでしょう。
    同法は、「労働者を強制的に他人の指揮命令下で労働させ、本来労働者に帰属すべき賃金を事業者が中間搾取するおそれがある」点や、「労働者に指揮命令する者が雇用契約の当事者でないために、雇用者として責任を免れようとするおそれがある」点等に着目して、労働者供給事業を禁止していますが、派遣法に基づく労働者派遣事業は、その例外として位置づけられるものです。
    事業者にとっては、一時的に必要な人手や専門的技能者を柔軟に使用したい需要があり、また労働者にとっても、スペシャリストとして自身の能力を複数事業者に提供したい、あるいはライフスタイルとして労働形態を柔軟に決定したいといった事情で派遣労働者となることを希望する人もいます。
    そのため、派遣法は、前述したような労働者が搾取される懸念を排し、弱い立場に陥りがちな派遣労働者を保護するための様々な条件を事業者に課すことで、例外的にこれを許容し、健全な労働力需給調整制度として運用させるための制度なのです。
  2. 改正経緯
    派遣法は昭和60年の施行以来、8度にわたる改正を経ています。
    対象となる業務分野は順次拡大し、最終的には一部禁止業務を除き原則自由化に至りました。また、業務分野ごとに定められ、度々変更されていた派遣可能期間も、平成27年改正にて統一されました。
    平成27年改正では他にも、届出制と許可制の併設であった事業規制が、一律で許可制になり、派遣労働者のキャリアアップ制度の確保等が許可要件に追加された他、派遣労働者の雇用安定措置の実施が義務化され、違法派遣がされた場合には派遣先から労働契約の申込みがされたものとみなす「労働契約申込みみなし制度」が定められました。
    このように、複雑で不明確な部分を徐々に簡潔化すると共に、派遣事業の拡大によって弱い立場になりがちな派遣労働者の保護を強化するための改正が度々行われています。こうした法改正は、本業である派遣元事業者のみならず、派遣社員を受け入れる一般企業に対しても、労務管理や職務分掌に多面的な影響を及ぼします。
    平成27年改正後の派遣契約に基づいて、現在派遣労働者を受け入れている企業においては、派遣可能期間3年が経過した場合の派遣先における対応についても、昨年(2018年)大きく話題になりました。

3.2020年の派遣法改正

さて、以上の改正を経た派遣法ですが、2020年4月1日を施行日として、新たな改正が行われます。 本改正は、働き方改革関連法の施行に伴って、派遣労働者に関しても「同一労働同一賃金」を目指すべく行われるものであり、派遣労働者と、派遣先で雇用される通常の労働者の各待遇に不合理な相違が生じないよう、派遣先及び派遣元事業者に対して、各種の措置義務を課すものです。パートタイム・有期雇用労働者の同一待遇に関する規制と同様の情報開示義務や説明義務も課されていますが、派遣事業特有の義務が、派遣元事業主及び派遣先に対して別途定められています。

  1. 待遇決定方法の整備及び可視化(派遣元事業者)
    これまで、派遣労働者の賃金額については、派遣元事業主が職種別、要求技能別、または保有資格別で差異を設けつつ(派遣先予定地の最低賃金を下回らない限度で)独自に定めた上で、これを求人に際して提示し、当該待遇を求める人が、その内容での派遣雇用契約を申し込み、合意される、という手順で決定されており、その決定方法や手続自体に特段の規制はありませんでした。
    しかし、本改正後、派遣元事業主は、以下の2つの方式のいずれかにより、派遣労働者の賃金を、派遣先の通常労働者との間に不合理な相違が生じないよう決定しなければなりません。
    ①派遣先均等・均衡方式:派遣先の通常労働者等の待遇情報をもとに、職務内容や配置変更の範囲その他の就業の実態を勘案して、派遣労働者の適正な待遇を決定する。
    ②労使協定方式:就業地域の同種業務に従事する同程度の能力及び経験を有する一般労働者の平均賃金額(各職種の賃金等統計は通知される予定です。)を下限として、派遣労働者の職務内容、成果、意欲、能力又は経験等の現状及び向上状況を公正に評価して決定し、その旨定めた労使協定(記載事項は他にもあります。)を、労働者過半数代表者と締結し、労働者にその内容を書面交付や事業所掲示等により周知する。

    なお、上記のうち①は、各派遣先の具体的な待遇情報を元に派遣労働者の待遇を定めるものであり、負担も大きいものになりますが、②の労使協定方式を採用していても、労使協定記載事項に対する違反があれば、①が自動的に適用されます。
    また、労使協定方式によって賃金決定を行う派遣元事業主は、当該労使協定を、労働局宛ての事業報告書に添付しなければなりません。

  2. 待遇情報の開示義務、配慮義務、教育訓練義務(派遣先)
    派遣先は、自社の通常の労働者について、職務内容と責任の程度、配置変更の範囲等を含む待遇情報並びに労働者に対する教育訓練等及び福利厚生施設の状況について、派遣元事業主に対して、書面の交付等により開示することが義務付けられました。
    派遣元事業主は、派遣先から開示される待遇情報に基づいて、派遣労働者の待遇を決定し(派遣先均等・均衡方式の場合)又は派遣料金の交渉を開始することになりますので、派遣先においては派遣元事業主が上記①及び②のいずれの方式を採用しているのか確認の上で、情報を提供する必要があります。また、こうした待遇情報の開示は、労働者派遣契約締結に先立って行われる必要があります。

    なお、派遣先においては、上記共有済みの待遇情報を前提に、派遣料金の交渉・協議においては、派遣労働者の適正な待遇を確保できるよう、配慮しなければならない旨定められています。
    その他、派遣先は、自ら雇用する通常の労働者に対して行う教育訓練について、派遣元事業主からの要求があった場合、派遣労働者に対しても同じ教育訓練をしなければなりません。能力や経験の向上機会を均等に与えることで、賃金の均衡を図る規定です。

  3. 説明義務の強化(派遣元事業者)
    派遣元事業主は、上記各待遇確保措置の状況等に関して、派遣労働者に対して説明する義務を負います。
    説明事項には、賃金決定の過程・考慮要素に関する事項の他、昇給の有無、退職手当の有無、賞与の有無及び苦情処理に関する事項等の待遇情報を含みます。
    また、労使協定方式を採用している場合は、当該派遣労働者が労使協定の対象となる派遣労働者であるか否かを説明し、労使協定の内容について説明を加えることになります。

    具体的には、①雇い入れの時、②派遣の時、及び③派遣労働者から説明を求められた場合に、派遣労働者に対し、説明事項を記載した文書を交付しつつ、それを容易に理解できるような口頭説明を加え又は説明資料を添付する等の方法により、当該派遣労働者の待遇の内容及び理由について、説明する必要があります。
    なお、上記説明のみならず、①雇い入れ時には労働基準法15条に基づく労働条件の明示が、そして②派遣時には、派遣法34条に基づく就業条件の明示が同時に必要であることは、言うまでもありません。


4.おわりに

以上のとおり、今回の派遣法改正は、派遣元事業主のみならず、派遣先に対しても一定の義務を課すものであり、また派遣事業に関わる三者(派遣元事業主、派遣先及び派遣労働者)の間で、通常労働者の賃金及び派遣料金がいずれも透明化される状態になりますので、派遣料金の設定にはこれまで以上に慎重な調整を要するでしょう。
関係三者のいずれの間においても紛争が生じないよう説明を尽くし、相互理解を得た上で、関係三者がいずれにも利する労働者派遣事業が、今後も運用されることを祈念し、結びに代えさせていただきます。


以上



2019年(令和元年)6月17日
さくら共同法律事務所
弁護士 伊藤麟太郎