(編集部注)
下記文章は、2016年9月時点で作成されたフィクションです。具体的年限及び事象について記載された部分は、そのような事実があった旨ないしはそのような事実が将来に到来する旨を、当事務所が示すものではなく、下記文章の作成名義人の仮設設定に過ぎません。具体的年限について言及がある場合、適宜、2XXX年と読み替えてください。
偶成
本年は、静止衛星軌道上の居宅で、新年を迎えた。昨年末からこの高度約3万kmにある商業施設内の案件に関与しており、その都合から、今年は、天候とは無関係に地球の裏側から立ち上る初日の出を拝むことになった次第である。地球の直径が約1万3千km であるから、感覚的には地球上空というよりは独立した惑星に居るかの如きである。春夏秋冬の無いこの場所は、季節感が乏しいが、ここ数日は、新年の祭事が各地でひらかれ、爽やかな空気に満ちている。西暦2500年という区切りの年の初めにあたり、この数世紀における法制度の変化及び現在の課題について、触れてみたい。
1、超長寿化
最初に指摘すべきは、長寿化技術の進展にともなう社会構造の変化とそれに伴う法制度の変動である。
西暦1800年当時は40歳前後で推移していた人類の平均寿命は、21世紀当初概ね70〜80歳にまで高まっていたが、それでも、なお、わずか1世紀にもみたない短さで推移していた。このため、それまでの人類は、限られた青年期に学を修めるもの、その後、実社会でわずか数十年後稼働した後には早くも老いを迎え、当該社会での生活様式には通暁するものの、この物理世界の法則性について殆ど知ることもないまま、強制的にこの世を去って行ったのである。平均寿命が30歳程度であった西暦1200年頃の中国の儒学者の言葉として、「少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず。」との言葉が引用されることがあるが、短い人生で知ることのできる事項は余りにも限定されていた。その後、21世紀に入り、老化現象の機序の科学的解明が始まった。老化抑制手段が普及し、ヒト遺伝子上の設計限界である130歳までの寿命が、程なく、確保されるようになった。例えば、本来ならば西暦2050年に齢80歳の天寿を迎えたであろう私の世代で言えば、寿命ボーナスにより、ひとまず西暦2100年迄の生存が確保されたことになる。この程度でも、諸学に通じるには充分な時間が得られたと評価すべきであったが、生命工学の発展度合いは指数関数的とも言うべきものであった。基礎となる探知技術自体の向上、人工知能を活用した分析手法・範囲・速度の向上等の相乗効果の結果、西暦2100年を待たずして、いわゆる超長寿化(老化停止)技術の一般導入がはかられた。体内の微小人工細胞等が対内外の健常を保持するように働くようになった現在では、偶発的事故や新規の治癒困難傷病等の不可抗力事象のない限り、理論上、老衰や傷病による現生からの強制退場を考慮する必要のない人生設計が可能となったわけである。
後に、農業革命、産業革命、情報革命と並び称される寿命革命という急激な社会の基本枠組みの変動により、人間の社会行動様式、思考様式は大きな変貌を遂げた。法制度も、また、その例外ではない。
例えば、労働法制を含む各種社会保障制度は、人間が成年後も相当の長期にわたり稼働することを前提とする枠組みへと変更を余議なくされた。当初の懸念は、いわゆるリタイヤ後世代の増加に伴い総給付額が膨らみ、現役稼働世代の経済的負担が過重となるというものであったが、多くの者が120歳以上でもなお健常に生活し労働力を提供することができることが現実化するようになったことを踏まえ、稼働可能年齢(年金給付始期)は次第に120歳以降へと変更されていった。これは、専ら、社会保障制度が永続的に稼働することを目的とする制度変更であったが、後に、個人単位で見た場合に、稼働期間(数百年)に対して老後期間(不存在ないしは数か月)が無視できるほど短くなったことを踏まえ、制度自体が存在意義を縮小させていくことになった。
長寿化にともなって私法実務に影響が出たのが、超長期の契約期間を前提とする契約の出現である。例えば、消費貸借契約のうち長い返済期間を用いるものとしては、住宅ローンがあったが、かつては数十年単位が限界であり、例外的に親子二世代ローンというものがあるに過ぎなかった。しかし、法的責任主体である自然人の寿命が数百年に及ぶこととなり、融資実務上も、百年を超える融資実例が散見されるようになっている。高額な長寿医療サービス、体内への微小人工細胞等のレンタル費用、宇宙空間での居住空間コストの経済負担その他高額ローンを必要とする社会状況は止むことなく、超長期ローンを後押しするかの如き様子すらある。この点、不動産利用者の寿命が、建物の経済的耐用年数を上回る状態となり、過度の不動産長期分割返済を認めることは、無用な総支払額の高騰を招くという弊害も指摘されている。借地借家法その他の不動産利用法制では、百年を超える利用を前提とした法改正も近時なされているが、あまりに長期間のローンは、活力ある経済社会を阻害する側面もあると危惧される。永続的発展可能性を保障する法制改正が必要であろう。
超長寿化社会の到来により、相続発生の蓋然性が著しく低下した点も注目すべきである。この点、世代間の富の蓄積の不均衡が、社会の健全な発展を阻害するとの指摘がなされており、一部の国家では、生前における相続みなし制度が導入されている。子供が100歳に達した時点で、親財産の一部を子供に承継させるという制度であるが、親世代の生活確保という問題があり、また、子供を有する夫婦とそうでない夫婦とで不均衡であるとの批判もあるところであり、わが国では未だ採用されていない(但し、代替的機能を持つものとして、生前贈与の非課税枠の自動拡大制度が設けられている)。
なお、このような長寿化は、体内への微小人工細胞等の導入によって達成、維持されているのが現状であるが、これを一律に義務付けるかについては、各国により法制が異なっている。伝統的法制を採る国では、成年後に本人の自由意思(医師及び弁護士の立会いによる確認を要する)に基づき、国が定めた技術基準に適合する微小人工細胞等を体内へ注入する措置がおこなわれる。これは個人の自己決定権を最大限に重視する立場である。他方で、個人の意思とは無関係に、一律に幼少期に上記注入措置をすることを義務付ける法制も存在している。これは、微小人工細胞等が傷病対応機能・感染症防御機構を提供するのみならず、脳のリアルタイムでのスキャン及び外部情報の脳神経への信号直接入力を通じた現代型教育機能、VR空間(仮想音声・映像・触感・嗅覚・重力感覚等の統合再現環境空間)の提供機能をも有しているため、現代社会における外部(他の人類や人工知能)との円滑なコミュニケーション手段を一律に国民に装備させることが、社会全体にとっても必要であるとの立法判断によるものとされる。いずれの法制についても妥当性はあるのであるが、近時、前者の法制を採用する国の国民が、後者の法制を採用する国への入国に際して、入国を拒否されたり、在留条件(在留中は当該国指定の微小人工細胞等の注入を義務付け、国外退去時に同人工細胞等を除去する)を付けられたりする等の扱いを受ける問題が、クローズアップされている。もとより、居住移転の自由は、当然に主権国家をまたいで妥当するものではないが、微小人工細胞等の体内導入については、個人の自己決定権に対する侵襲度が高いこと、微小人工細胞等のレンタル費用は必ずしも少額ではないこと(通常世帯収入の1割を超える製品も多い)、微小人工細胞等の規格が各国家・企業により必ずしも統一化されておらず各国に出入りする個人の体内で残存微小人工細胞等どうしによるコンフリクトを生じる恐れがあることに鑑みると、各国当局間での入国・在留条件の合理化調整が期待されるところである。
2、衛星軌道上の生活空間
ここ数世紀で、人間が生活したり仕事をしたりする居住空間・商業施設空間は、地下・海上・海中・VR空間へとその領域を拡大しつづけてきた。その最たるものが前世紀初め頃から普及を始めた静止衛星軌道上の居住空間・商業施設空間である。新たな活動空間を得た結果、人間の活動領域は質及び量の両面で拡大した。産業面では、高高度空間における建設業の勃興、同建設空間への資材運搬、居住型衛星完成後の人的往来に伴う運輸業、有人生活空間内の建築造成業などを中核成長産業としながら、それに呼応して、月等外部天体の地下鉱物の採掘・製錬業、食糧供給産業、電気・水道、損害保険、通信の全般にわたる産業拡大が進行中である。
法律面でも、多くの課題が提起され、いくつかの場面については、新たな立法例が見られるようになっている。例えば、旧来の領土・領海に関する国内外法はそのままでは適用が困難であったし、また、従来の建築法制度は、専ら地球の地表面における重力を前提とする土地上に建設される建築物を念頭に置いたものであった。紆余曲折を経ながら、現在では、概ね以下の制度運用がなされている。
- 国際条約で各国及び一定の国際機関に、衛星軌道上の建造物の建造可能空間領域の割り当てがなされ、割り当てを受けた国家等が、その費用と責任において、新規造営物の建造をおこなう。新規に建造された造営物からなる居住空間・商業施設空間は、当該建造をした国家に帰属する領土とされる。私人による先主権は、当該割り当てを受けた国家がその国内法により、割当支分権を割譲しない限り、これを認めない。
- 上記新たに建造された空中領土は当該国家の地表領土と不可分一体の国土を構成し、当該国家の地表領土と同一の法制度が適用される。国民は、一定の技術的制限に服するほかは、自由に地表領土と空中領土とを往来でき、いずれの領土にも居住し、職業を得ることができる。また、地表領土と空中領土のいずれで生まれたかにより、国内法において差別を受けない。
- 各国の国内法にて、低重力下での建築物が充たすべき技術基準が定められる。わが国の場合、建築基準法及びその下位法規の特則が設けられた。但し、衛星軌道上の建造物の破損事故は、重大な人身事故へと発展すること、破損物品が他の国の建造物へと拡散飛散した場合の被害が甚大となることから、衛星軌道上の建造物については建築基準の国際協調(技術基準の同一化)及び国家管理による建造工程の監督の義務付けがなされる。
このように国家主導で進められた新生活空間の建設であるが、近時は、以下に指摘するとおり、国家関与の度合いを低減させるべきとする指摘もなされている。すなわち、新生活空間は、国家主権の及ぶ範囲としての領土であると同時に、集合密集型居住・店舗を前提とする生活空間でもある。すなわち、標準的な機密区画(1区画あたり1千世帯のものが多い)で現れてくる課題の中には、国の行政権行使にまかせるよりは、地域集合住宅・店舗の管理運営として扱うのが適切なものもあるとの指摘である。そこで、現状の管理項目を具体的に見ると、以下のものが考えられる。
- (1)対宇宙空間外壁維持補修、空気循環制御、与圧管理、重力制御、姿勢制御、宇宙塵防御管理、宇宙放射線管理、太陽光受光時間管理、出入港管理
- (2)警察権行使、病院・学校・公園・道路その他の公共物の整備、水道光熱設備の維持管理等
- (3)機密区画内の集会場、娯楽設備の整備、建物外壁の維持改修、不当利用者に対する利用制限
このうち、(1)のような宇宙空間における生活空間の安全維持に特有の課題については、依然として、国家による直接管理が望ましい。これらの事項は、全機密区画が物理的に格納されている軌道構造物1体(概ね20機密区画として世帯数で約20万世帯)に共通の課題であるし、その内容も最先端の宇宙工学の技術的事項に関するもので、必ずしも居住民が直接にその内容に通暁しているわけではなく、もともと、居住民の直接管理に馴染まない事項である。また、これら問題は、居住民の生命身体の安全に直結する最重要課題であり、国民の生命身体安全の保護という国に課せられた最重要課題の遂行として実施されるべき事柄である。開発初期段階で発生したいくつかの不幸な事故(機密不全事故、一部構造体の地上落下事故)による多数の人命損失は、未だ国民の記憶からは消えておらず、かような事故が再び起こることは、国の責任として避けなければならない。他方、(3)のような各機密区画の固有事情により決せられるべき事項については、当該住民の私的自治に委ねることでも差し支えないと思われる。地球の地上においては、古来からマンション法制がこれに類するものとして存在しており、既に数世紀の運用実績があるので、参考可能である。具体的には、機密区画に属する区画内建物(その多くは地球表面上のマンションに構造上も類似している)を統括する管理組合法人を設け、同法人の理事を居住民の内部選挙により選出させ、区画内建物全部を団地として一括管理させることが考えられる。なお、(2)のような自治体の自治事務としておこなれるべき事項については、そのような体制へと早期に移行させるべきである。現状、宇宙空間における生活空間は、国家直接管理となっているが、物理的に地球表面と隔絶された場所で恒常的に生活をする住民が多数存在しており、同地で生まれた世代もいることに鑑みると、これを独立の地方自治体として承認し、所定の自治権を与えることが、わが国の憲法上も適切である。現行憲法は、その出身地(地球表面上/宇宙空間)による国民の差別的取り扱いを許容しておらず、宇宙空間の居住者が自治的事務を自決できない現行法制には、憲法上の疑義がある。また、地球表面上に居住しない者が、その出身都道府県内の選挙に参画することにも、現実的意義が乏しい。この点、反対論者の中には、地球表面居住者と宇宙空間居住者との間の国民的同一性の分断に繋がるとか、富裕・高齢層が地球表面を専有し、若年・中間層が危険な宇宙の廉価居住空間へと追いやられている現状を固定化するとか、旧史時代の植民地の再来である等の指摘をする者もいる。しかしながら、憲法は出身地による差別を禁じており、また、国内(地球表面/宇宙空間)での居住・移動の自由を保障している。国民分断の批判はあたらない。富裕・高齢層の一部が地表居住環境での生活に愛着を持つとの傾向は、衛星軌道居住空間の開発初期段階でのいくつかの不幸な事故から来る心裡的忌避感に過ぎない。現在では、安全面及び居住環境利便性の点で、両者に差異がないことは、ここ1世紀の事故統計及び健康統計からも明らかである。初期段階で問題化された体内人工細胞等の無線通信不全(これは専ら宇宙空間での放射線量が地球表面に比べて過大であるという点によるものとされる)についても、克服されて久しい。現に、経済面で見ると、単位生活空間の体積あたりの居住空間評価額は、取引実績ベースで見て接近傾向にあり、長期的に見て、地表居住環境と宇宙居住環境との間に大きな経済価値の差異は無くなっていくものと考えられる。
3、人工知能
最後に、いわゆる人工知能の採用に伴う法制度への影響について触れたい。人工知能は、ここ数世紀で社会の隅々にまでいきわたるようになり、われわれ人類の生活様式は全ての局面において多層化・効率化・選択可能化している。古典的予言(人工知能が人間を失業させる、人工知能が人間を支配する、人工知能のみで構成された国家が出現し人間と戦争する等)の多くは、結果的に的外れであったが、従前の予測を上回る深度と多くの領域で、人工知能は産業と生活の全場面を統御するようになっている。危険作業については物理実体を伴う人工知能登載機械が作業をするのが常であるし、いわゆるデスクワークにおいても、人工知能はVR空間内に現に存在し、既存事例の膨大な蓄積を踏まえた判断の安定化をはかるための下処理をおこなっている(法律実務でも人工知能による下処理を経由していない法的判断は、むしろ実根拠にかけた教条的・独善的処理として避けられるべき態度とされている。)。このように、既に地上世界での水や空気と同様なまでに、日常生活に溶け込むに至った人工知能ではあるが、その法的位置づけについては、数世紀経った今でも、確立された見解がない状況にある。
そもそも、人工知能(ここでは人格的判断性能を有する汎用型のものを指し、いわゆる自動制御等をおこなう専業型知能を含まない)について、人類と同様の、人権享有主体性・権利能力・行為能力を是認するのかという法的基本問題がある。もとより、哲学的には、人工知能に意識があるのかという問題も提起されていたが、法的には、外面上、人間と区分判断が困難な程度に、思考・記憶・感情表現が可能な実体については、それが人的外殻構造を物理世界に有するか、VR空間にのみ存在するかに関わりなく、法的な扱いを定めておく必要がある。この点、既にいくつかの立法例が存在しており、いずれも妥当性のある法制度として各法域で通用をしている。第1の立法類型としては、人工知能はそれを利用する自然人ないし法人の機械的道具に過ぎず、全ての法的効果は当該自然人等に帰属するという立場である。この立場を数世紀前から堅持する国家も多い。もっとも、この場合でも、多くの人間は、複雑化する事象の判断において、人工知能による分析作業、助言機能を活用している。特に、現存していた人間が他界するに際して、残された家族の心的安定のために、故人の記憶・判断性向を複写・再現した人工知能は、遺産の処理方針のみならず、家庭の内外で、これまでと同様の意見申述や感想表明をおこなうものが多く、その権利能力ないし選挙権等の法的有無に関わらず、社会に対して与える影響は、故人と同様に強いものがある。また、生活の諸事や政治的事項の判断に無関心な者は、人工知能による選択候補リストのうち上位数か所からランダムに行動選択をしており、最終判断を丸投げしている者もいるとの指摘がなされている。その意味では、人工知能を法的枠組下で制御をしていないだけであり、実際には、無限定に人工知能を肯定していることにもなるとの立法的批判がありうる。
この対極にあるのが、第2類型であり、人工知能にも人権共有主体性(特に参政権、被参政権、財産権)を肯定し、法的な権利能力・行為能力を是認するというものである。この立法類型を採用する国は、過去に貴族/奴隷制から、王権支配の後、市民革命を経て、納税額・性別・人種を問わない形へと参政権を拡充してきた歴史的過程の延長線上に、人工知能の人権共有主体性の拡充を位置づけているようである。利点としては、人工知能(特に現存していた人間が他界するに際して、故人の記憶・判断性向を複写・再現した人工知能)の個々の判断の集積が「良識の府」として作用することを期待している制度であるとも言われている。すなわち、人工知能の内実は、既存の故人(ないしは人類総体)がなした「事例/判断/結果」DBを基にした類似事例の抽出、最大公約数的判断の導出というアルゴリズムが中核であり、その判断内容は、要するに、「ここ数十年の通常人間が、この場面に遭遇して判断することになれば、賛成(または反対)をする」とのものに過ぎない(これと異なる機能を装備することも可能であるが禁止されている法制が多い)。基準となる過去事例DBは人類の過去判断実績であるから、判断はいきおい保守的・守旧的なものが多く、個々の人工知能の持つ揺らぎを考慮したとしても、その総体としての判断は、いわば「良識の府」としての内容を出ないとの立場である。なお、現実には、人工知能の権利享有性を無限定に認めることについては、以下のような検討事項があるため、何らかの歯止めをかけている法制が多い。
例えば、人間については、新たな構成員が誕生する頻度は限定的であり、いわゆる少子化社会(全人口数に対する毎年の出生児数の比率が低下している状況。なお、超長寿化社会を迎え、平均健常稼働年齢が数百歳を超えるに至っている現代においては、ある世代がその生涯で生み出す次世代の個体数は、むしろ20世紀後半の数値よりも上昇している)では、人類の頭数増加数は限定されている。これに対して、人工知能については、その外延が明確ではなく、数え方によっては、人類ひとりに対して、数十倍個の汎用型人格を有する人工知能が存在している(汎用型人格を有しない自動制御型のものや体内人工細胞等を含めれば数十億個になる)。そればかりか、同一構成の人工知能であれば、毎時数十万単位での大量増産による人工知能の追加算出も可能である。このため、単純な頭数のみで参政権を付与した場合、人類の投票割合がほとんどなく、人工知能が圧倒的多数派を形成するという事態が生じかねない。このため、現在の多くの国では、人工知能のうち、法的主体たりうる者の要件を法定し(いわゆる総合人格的判断性能、判断ゆらぎ性能の充足等)、単なる判断補助に特化した機能を有するに過ぎない人工知能(例えば、車両・航空機搭載の自動運転機能に特化した人工知能、株式投資判断・医療診断・法律判断に特化した人工知能など)は、法的主体たりえないとしているほか、法的主体たる人工知能の総数管理(例:国内の人類の選挙人の人口の4分の1を超えない数の人工知能のみにランダムに選挙権を選挙の都度付与する。現存していた人間が他界した場合に当該故人の記憶・判断性向を複写・再現した人工知能のみに選挙権をその後100年間に限定して認める等)を実施している。
また、人工知能については、同じ製造工程から製造されたものは、全てが同じ判断をするようになり、人類のような幅のある判断ができないという問題点がある。この点、人工知能について、判断のゆらぎを人為的にもたせるための工夫がなされている。例えば、事例/判断抽出に用いるDB自体に人為的にゆらぎをもたせる、事例/判断抽出の機械学習に用いるアルゴリズム自体に人為的にゆらぎをもたせる等の対応が採られている。しかし、この場合でも、全く新規の事項をどの程度までゆらぎとして許容するのかという設計上の問題がある。なお、人工知能自体に設計をさせた新タイプの人工知能については、法的主体たる人工知能の範疇から除外している立法例が多いようである。 このほか、人類については、生後約十数年間は、大脳成育過程の途上にあり、生物学的にも思考判断枠組みが安定化していない個体であるとして、「未成年」概念のもと、他の人類(多くは遺伝子上の両親)の管理監督下に置かれ、参政権を与えられない。しかし、人工知能については、製造後は即時に成年人類と同様の判断能力を備えているものとして扱われる。この点、人類と同様の法的主体として肯認することができるかの現実試行期間(国により異なるが半年間から数年間)を設けている国もある。
また、かつての一部国家が人種により、投票権の価値に差異を設けていたことを踏まえ、人類は1人1票であるが、人工知能については0.1票として換算集計するという制度を採用している国もある。いずれの場合でも、現状、大きな混乱が起きてないのは、人工知能の判断自体が、上述したとおり、ごく保守的なものに留まっているからであると言われる。
以上の基本的問題のほか、以下のような立法上/法令解釈上の論点が問題とされている。
(1)民事法
- 自然人についての人格複製(自然人の脳をスキャンして複製再現した汎用型人工知能を設けること)の原則禁止と例外範囲
- 自然人の特定商行為についての人格分割(商行為を営む主体について、自然人の脳を複製した汎用型人工知能について、固有の権利能力等を承認し、責任財産を同人工知能が所有する財産に限定する法制)の可否
- 代理人として人工知能を承認するか(株主代理人、取締役代理人)
- 人間が休息している時期(就業時間外、夜間睡眠時、夏季休暇等の期間)について、当該自然人の脳をスキャンして複製再現した汎用型人工知能を、当該本人とみなして、判断及び決裁をおこなわせることを認めるか否か、その場合の本人復帰時の追認拒絶の範囲
- 自動車搭載型人工知能の過誤による交通事故発生時の損害責任負担
- 人工知能に固有の責任財産制度
- 人工知能の破壊時の復旧/行為能力制度/死亡みなし相続
- 人工知能の人格合併(権利義務承継、債権者保護制度)
- 人工知能に対する刑罰制度
- 半分のみ大脳を機械化した人間の扱い(割合基準、要素基準)
- 汎用型人工知能の新設規制(新設権限を人間にのみ認める。専業型人工知能、自動制御機構との区分基準)
(2)親族法/相続法
- 他界時の代替残存人格としての人工知能の承認
- 遺言執行の確実性担保のための人工知能の承認
- 人工知能が養親となることの可否
- 人工知能が子人工知能を設けることの禁止
(3)立法/行政法
- 議員となる資格(被選挙権)を人工知能に認めるか否か
- 人間である議員ないし公務員が睡眠その他の不稼働状態にあるときに突発的に緊急対応を要する事象が発生した場合にそなえて、あらかじめ当該自然人の脳をスキャンして複製再現した汎用型人工知能を、当該本人とみなして、判断をおこなわせることを認めるか否か
- 新規立法のあり方(すなわち、新技術の開発、汎用化、衰退速度が速くなっており、新技術の実用化段階で規制立法をおこなうという伝統的アプローチでは、有効な法規制が困難となっている。このため、包括的に特定分野における新技術の一般社会への適用を規制し、個別許可とする法制がある(リスト規制方式)。同方式はしばしば新技術適用にあたり環境アセスメント(地球規模の分子状態の長期間変動を人工知能がシミュレーションする)の実施及び第三者機関によるその査定承認を許可条件としている。この立法例の趣旨は、いったん環境に悪影響を与える類の新技術(特に、ナノテクノロジーを利用した分子工学技術のうち自己増殖性機能を用いるもの)が回復不能の損害を生態系に与えないようにするという点にある。新技術の実社会投入がそれだけ遅れるという点も指摘されているが、新技術の影響度に鑑み、先進国では概ねこの法制が採用されている。他方で、新技術導入に柔軟な法制も、一部国家では存在する。具体的には、新技術の事前規制は(特定危険新技術領域を除くほか)禁止されておらず、新技術の開発・生産・市場投入の各段階において、同技術成果物の開発者等に対して、同技術成果物が生態系に悪影響を与える可能性に備えて、あらかじめ、その停止・破壊・原状復帰技術(カウンター技術)の同時開発等を義務付けている。あわせて、新技術の概要が明らかとなった時点で、人工知能により課題を抽出させリアルタイムで暫定試行法を作成し周知し、その反応(適用結果の不都合性など)を、立法担当の官庁及び議員が後日(概ね数日後から数週間後)に確認したうえで正式な法制定手続に入るとする法制もある。)
- 法令解釈問題と人工知能(量刑DB、事例/判断DB)
- 事実認定と人工知能(証拠/DB。陪審員、裁判員代わりの人工知能)
- 法的判断過程を経る人類思考と、判断過程を捨象し、事例/判断DBから抽出された埋もれた判断枠組みによって判断を出す人工知能裁判の特性
- 人工知能による裁判に対する上訴審のあり方(明らかに不合理と認められない限り、上級審たる人間裁判官は原決定を維持すべきか)
- 人工知能と人類裁判官との合議(説得手法の相互互換性)
(裁判制度)
これらの論点は、いずれも各種立法例も乱立し、判例も生まれつつあるが、別稿での分析課題としたい。検討時間は数百年単位でほぼ無限にあり、急く必要はない。池塘春草の人類の夢は未だ始まったばかりである。
以上
西暦2500年元旦
情報技術者
松村昌人