ダンスに思いを馳せた夜

もう午後7時を過ぎた。この頃、時間の経過が異様に早く感じる。今週の金曜日締め切りのタスクがなかなか終わらず、とうとう木曜日を迎えてしまった。何とか今日中に仕上げたいところではあるが、週末を迎えるということもあり頭に疲労が蓄積していて、なかなか集中力が高まらない。こんなときは、意識的に少し気分転換をすることにしている。最近は、YouTubeでダンスの映像を見ることにハマっている。音楽に合わせた無言の身体表現によるあまりの雄弁さに、大きな勇気をもらえるような気がするからだ。そうしているうちに、職業柄か、映像を観ながらふと、ダンスをめぐる法律関係(特に著作権法関係)が気になり出した。あまり時間的余裕はないがどうしても気になるので、以下では当該法律関係についてまとめてみたいと思う。


1.ダンスの著作物性

著作権法上、「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文学、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法(以下省略する。)2条1項1号)と定められており、また、舞踏又は無言劇は著作物の一つとして例示されている(10条1項3号)。ダンスは上記したいずれの定義にも当てはまると思われるので、著作物といえる場合がある。過去には、日本舞踊の著作物性を認めた裁判例があり(福岡高判平成14年12月26日)、また、バレエの著作物性を認めたものもある(東京地判平成10年11月20日)。
ただし、実際のところ、ダンスの著作物性が認められるためにはやや高いハードルが存在する。社交ダンスの著作物性について判断したある裁判例は、ダンスの振り付けが著作物に該当するためには、それが単なる既存のステップにとどまらない顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要だとし、社交ダンスの構成要素である個々のステップや身体の動きには「顕著な特徴を有するといった独創性」がないので(既存のステップに若干のアレンジを加えたものにすぎない)、著作物性は認められないとした(『Shall we ダンス?』事件:東京地判平成24年2月28日)。この裁判例の裏には、個々のステップや身体の動き自体に著作物性を肯定して特定の者に独占を認めてしまうと、ダンスのバリエーションを過度に制約してしまう懸念が存在するとされている。このような懸念にはもっともなところがあるなと思いつつ、一体、どのレベルであれば「顕著な特徴を有するといった独創性」を備えることになるのか、私のようなダンス素人の法律家はもとより、ダンスを業とする方であっても簡単に判断できるものではないだろう。そう考えると、ダンスの権利関係を考えるうえでは、このようにやや高いハードルがあることを念頭に置きつつも、基本的にはダンスの振り付けは著作物に該当する、と考えておいた方が無難である。


2.「振付師」と「ダンサー」

ダンスの著作物性は、ダンスの振付けについて認められる。したがって、ダンスの著作物の著作者ないし著作権者は誰かといった場合、それは振付師(コレオグラファー)ということになる。他方、ダンサーは、著作権法上はその振付けを演じる「実演家」ということになり(2条1項3 号)、振付師とは立ち位置が異なる。
振付師は、プロ・アマ問わず、その振付けの著作者は著作権者になり得る。したがって、振付師は、その振付けについて著作権として、上演権(22条)、複製権(21条)、翻案権(27条)、上映権(22条の2)、公衆送信権(23条1項)及び頒布権(26条)を専有し、さらに、著作者人格権(公表権(18条1項)、氏名表示権(19条1項)及び同一性保持権(20条1項))を有する。したがって、著作物たる振付けを利用するには、振付師から許諾を得ることが必要である。
これに対し、ダンサーは、ダンスの実演について、プロ・アマ問わず、自らのライブパフォーマンスについて著作隣接権として、録画権(91条1項)、放送権・有線放送権(92条1項)、送信可能化権(92条の2・1項)、譲渡権(95条の2・1項)等を専有し、さらに氏名表示権(90条の2)及び同一性保持権(90条の3)を有する。したがって、ダンサーのパフォーマンスの一部を利用するためには、振付師のみならずダンサーとの関係でも権利処理を行わなくてはならない。なお、ダンサーは一人一人が「実演家」としての権利を有するので、たとえ大人数のグループがパフォーマンスを行う場合でも、そのパフォーマンスを利用する場合には、各ダンサーとの間で権利処理を行うことが必要である。


3,非営利の上演

このように、他者が創作した振付けを利用してダンスパフォーマンスを行う場合には、煩雑な権利処理が必要となり得る。もっとも、著作権法は、公表された著作物について、①非営利で、②聴衆や観衆から料金の支払いを受けず(無料で)、③出演者に報酬を支払わない場合には、公に上演等することができると定めている(38条1項)。したがって、学園祭や地域のボランティアで行われる催し物などでダンスパフォーマンスをする場合には、振付師やダンサーの許諾を得る必要はないと思われるが、ダンス教室等でパフォーマンスをする場合には許諾が必要ということになる。


4,バックミュージック

ダンスには音楽が不可欠であるが、音楽はダンスとは別の著作物であるため、音楽を利用してパフォーマンスを行う場合には別途配慮が必要である。具体的には、音楽の著作権者(多くの場合はJASRAC等の音楽著作権管理会社である。)との間で、演奏権(22条)等について権利処理を行う必要がある。また、ダンスパフォーマンスにあわせて編曲を行うことも多いかと思われるが、編曲を行う権利(翻案権ないし同一性保持権)は音楽の著作権者ないし著作者が有するので、これらの者との間でも個別交渉が必要となる(この場合の交渉相手はJASRAC等ではないことに注意が必要である。)。


5,最後に

このように、ダンスをめぐる法律関係は複雑な部分がある。いち鑑賞者としては、そんなに堅いことは言わなくても、という気も正直するが、振付師やダンサーの方にとって、ダンス表現は我が子のように大切なものであろうから、このように手厚く保護されて当然のようにも思える。
様々に思いを馳せていると、気が付けば、もう午後8時を過ぎてしまった。長い夜になることを覚悟しつつ、私は、再び仕事に戻ることとした。今日のところはもう、YouTubeのダンス映像を封印することに決めた。


以上



2018年(平成30年)6月12日
さくら共同法律事務所
弁護士 伊庭裕太