民法(債権関係)の改正~その審議について~

1.はじめに

今般、民法のうち、債権法の分野について全般的な見直しを行う「民法の一部を改正する法律」(平成29年法律第44号)及び「民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備に関する法律」(平成29年法律第45号)が、平成29年5月26日に成立し、同年6月2日に交付されました。この改正法は、一部の規定を除き、2020年(平成32年)4月1日に施行されます。


民法のうち債権関係の規定については、約120年間、実質的な見直しがほとんど行われなかったため、今般の民法(債権関係)の改正は、歴史的な改正ともいえます。この点、改正の内容面については、既に、改正債権法に関連する書籍が多数出版され、さくら共同法律事務所においても、昨年、「民法(債権関係)改正の企業実務に与える影響と対策」と題した顧問会社様向けのセミナーを開催させていただきました。
そこで、本コラムにおいては、私が、日弁連の嘱託委員及び第二東京弁護士会における改正法関連の委員会の委員として、その改正の過程を見て感じたことなどを記載させていただきます。


2.民法(債権関係)の改正を議論について

債権法改正については、研究者(学者)による研究会や委員会が発足され、そこでの研究が先行しました。そして、その研究結果も踏まえて、平成21年10月28日、法務大臣から法制審議会に対し民法(債権関係)の改正に関する諮問が行われ、これに基づき法制審議会では「民法(債権関係)部会」が設置されました。


この「民法(債権関係)部会」の委員・幹事には、研究者(学者)の他にも、様々なバックグラウンドを持った方々が就任しております。法務省のホームページに委員・幹事の名簿も掲載されておりますが、経団連や商工会議所、消費者団体や金融機関、もちろん、裁判所や弁護士会といった法曹からも委員、幹事が就任しております。これは、議論の過程において、多方面からの意見を集約し、それを反映させること、その上で、国民的な合意の形成を行うことを目的としていると感じております。そのことは、民事系の法制審議会の部会における要綱案(改正案のたたき台)の取りまとめは、委員・幹事の全員の賛同(全員一致)が通例となっているところにも表れていると考えております(規則上は多数決でよいそうです)。私は、日弁連の嘱託委員として、数回に1度の割合で、法制審議会民法(債権関係)部会の議論を傍聴しておりましたが、一定時期以降、部会における議論は、どのような形であれば、意見の集約を行うことができるのかという議論にシフトしていったと感じております。


この全員一致方式での決議方法につき、賛否両論はあり得るところであり、そのために、今回の改正においても、例えば、一定のバックグラウンドをもった団体からは中途半端な改正内容と思われる箇所が存在する、妥協点が見出せず、改正が見送られた事項・論点も多数あるところです(見送られた事項・論点については、以下でいくつか紹介させていただきます)。もっとも、民法は、企業活動にとって、また、国民生活にとっても、もっとも密着する重要な法律であるため、全員一致による決議、様々な考えを持った国民の幅広い合意を得られるであろう規定を立法化するという合理性もあるように感じるところです。


3,今回明文化が見送られた論点について

さくら共同法律事務所におけるセミナーでは、債権法改正のうち、企業活動に重要な影響を与えるものをいくつかピックアップして説明させていただきました。そこで、以下では、今回の改正議論で、明文化が見送られた論点のうち、私にとって印象深いものを紹介させていただきます。


  1. 暴利行為の明文化について
    今回の改正議論においては、従前より公序良俗違反行為の1類型として認められていた、いわゆる「暴利行為」の明文化が議論されておりました。具体的には、「相手方の困窮、経験の不足、知識の不足その他の相手方が法律行為をするかどうか合理的に判断することができない事情があることを利用して、著しく過大な利益を得、又は相手方に著しく過大な不利益を与える法律行為は、無効とする。」といったものです。消費者団体側からは、明文化の要請があった規定です。
    しかしながら、議論の過程において、明文化されると自由な経済活動を萎縮させるおそれがある、現段階で明文化することは判例法理の生成発展が阻害されると意見が出され、明文化への合意形成が困難であるとして、明文化が見送られました。
    この論点は、経済界対消費者側という構図もあり、私としては印象深いものでした。もっとも、一方当事者が「消費者」の場合には、「消費者契約法」という特別法がありますので、企業活動、事業をなさっている方は常に留意してください。
  2. 契約の解釈について
    今回の改正議論においては、契約の解釈原則に関する規定を設けることが検討、議論されました。法制審議会民法部会が、平成25年2月に決定した「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」では、その「第29 契約の解釈」において、「①契約の内容について当事者が共通の理解をしていたときは、契約は、その理解に従って解釈しなければならないものとする。」、「②契約の内容についての当事者の共通の理解が明らかでないときは、契約は、当事者が用いた文言その他の表現の通常の意味のほか、当該契約に関する一切の事情を考慮して、当該契約の当事者が合理的に考えれば理解したと認められる意味に従って解釈しなければならないものとする。」、「③①及び②によって確定することができない事項が残る場合において、当事者がそのことを知っていれば合意したと認められる内容を確定することができるときは、契約は、その内容に従って解釈しなければならないものとする。」という3つの解釈原則が示されました。この点、この解釈原則は、これまで法律実務家が行ってきた契約解釈を明示するものであり、分かりやすい民法という観点からも明文化するべきだと強い意見が出ておりましたが、自由心証主義(民事訴訟法247条)を阻害される懸念があるなどといった強い反対意見が、特に裁判所サイドから表明されました。結局、法制審議会民法部会においては、明文化への合意形成は困難とのことで、明文化が見送られております。
    普段は控えめな意見を述べる、もしくはそれほど意見を述べない裁判所サイドが、この論点は、強い反対論を述べたことから、私としては非常に印象深いものがありました。
  3. その他、明文化が見送られた論点について
    私が印象に残っている明文化が見送られた論点を紹介させていただきましたが、その他にも、「事情変更の法理」、「不安の抗弁権」などの重要な論点につき、明文化が見送られました。理由は、上記(1)及び(2)のように、明文化への合意形成が困難であるといったものや、明文化への合意形成はできているが、明文化するにあたって適切な表現が見つからなかったといった理由で見送られたものもあります。
    もっとも、今回、明文化が見送られた論点であっても、これまで積み重ねられた判例法理が変更されるものではなく、むしろ、部会を通じて議論が深まり、今後の解釈にも影響を与えるものもあるのではないかと感じております。
    時間に余裕がある方は、実質的に改正がなされた箇所だけではなく、議論はされたが改正が見送られた論点についても、関連書籍や法務省のホームページで公開されている部会資料や議事録などで、その議論を追いかけてみるということを行っては如何でしょうか。

4,民法(債権関係)の改正への対応について

今回の改正では、社会・経済の変化への対応という観点、及び、国民一般への分かりやすさという観点からの改正がなされており、大小200を超える項目の改正がなされております。また、法制審議会民法部会で議論が行われましたが、明文化が見送られた論点も多数あります。
民法は、企業活動、そして、国民生活にとって、一番身近で密接した法律です。私は日常業務において、民法の規定や原則を考えない日は存在しないといっても過言ではありません。
日常の企業活動や生活の中で、この点は、今回の民法改正でどのようになったのか疑問に感じた、書籍を読んだけれど、改正点のポイントがよく分からなかったという方、また、改正された民法が適用されるのか否か不明な場合には、顧問弁護士などの専門家に質問をし、弁護士を活用していただければと思います。



2018年(平成30年)5月15日
さくら共同法律事務所
パートナー弁護士 佐藤和樹