映画やドラマの法律監修について

 私の弁護士としての取扱分野のうち、やや特殊なものとして、『1. 入管法や国籍法などの外国人関係法務』と、『2. 映画やドラマの法律監修』があります。今回は、『2. 映画やドラマの法律監修』の業務についてご紹介したいと思います。



1 これまで手掛けた作品


 私は、これまで25作品以上の映画やドラマの法律監修(一部は取材協力)をしてきました。法律監修した代表的な作品として、「闇金ウシジマくん」(山田孝之氏主演)、「新ナニワ金融道」(中居正広氏主演)、「極悪がんぼ」(尾野真千子氏主演)、「鉄道捜査官シリーズ」(沢口靖子氏主演)、「びったれ!!!」(田中圭氏主演)、「SAKURA〜事件を聞く女〜」(仲間由紀恵氏主演)、「最高のオヤコ」(藤山直美氏主演)、「警視庁さくらポリス〜最強の姉妹捜査官〜」(大塚寧々氏主演)があります。現在、日本テレビ系で放映されている連続ドラマ「ゆとりですがなにか」(岡田将生氏主演)も、第3話・第8話・第9話の法律監修をしています。

 このように、かなり幅広いジャンルの作品を担当してきましたが、特にハードな金融ものが多いです。ハードな金融ものは、人間の弱さや社会の不条理が、これでもかというくらいリアリティーをもってえげつなく描かれつつも、最後は、一筋の希望と再生につながるといった、人間や社会の本質を深くえぐる作品が多く、私の好きなジャンルです。



2 依頼が来るルート


 法律監修の依頼が来るルートとしては、テレビ局、制作会社又は独立系のプロデューサー・アシスタントプロデューサー、監督・助監督、リサーチ担当者、原作者からなど複数あり、作品ごとに様々です。ある作品の法律監修を担当すると、そこで多くの関係者と新たに知り合うので、その関係者が別作品を手掛けるときにまたお声がかかります。こうして法律監修を担当する作品がどんどん増えていきます。



3 法律監修という仕事の中身


 法律監修を手掛けるときに具体的に担当する内容は、作品ごとに様々です。フルで担当する場合は、脚本(台本)の第1稿よりも前のプロットの段階から関与し、いわゆる企画(ネタ)出しやストーリーの前提となる条件の設定などから意見を出します。そのようなフル関与型の作品においては、通常、脚本のリーガルチェック(しかも、第1稿から完成稿に至るまで改訂される度にチェック)、小道具の作成、撮影現場立会い、番組ホームページの特設コーナーの監修、視聴者の方からの問い合わせに対する対応検討、作品を取り上げてくれる各種メディアからの取材対応(法律監修者としてのインタビュー)など非常に多岐にわたって関与します。関与する局面が最も少ないパターンとしては、ほぼ出来上がった脚本の法律関連部分のみのチェックということになります。

 映画やドラマで描かれる法律シーンは、民事、刑事、家事、行政と幅広く、しかも、シーンにあわせて具体的な小道具のアドバイスまで求められるので、弁護士として多くの分野について実務経験がないと対応は難しいと思います。



4 意識していること


 私が、法律監修で強く意識していることは、映画やドラマは、法律事件ではなくあくまでもエンターテインメント作品なので、演出上の意図や企画意図を最も優先するということです。例えば、脚本のリーガルチェックにおいて、実際の法制度との間にずれがある箇所は、全てを緻密に摘示しますが、最終的にそれを採用して脚本を改訂するかどうかは、プロデューサーや監督を信頼して、その判断に委ねます。作品における描写が実際の法制度とは違っていても、それが、実際の法制度を知った上であえてそうしているのと、実際の法制度を知らずに誤ってそうなってしまっているのとでは全く異なります。

 また、できるだけ演出上の意図を実現するために、積極的に法律家としての知恵を出すようにしています。具体的にいえば、「・・・という今のセリフ案は、実際の法制度と比較しておかしいが、例えば、・・・という設定で、・・・というセリフにしたら、同じ意図を達成できるのではないか」など、単に誤りを指摘し否定するだけで終えず、法律家としての知見に基づき積極的に提言するようにしています。プロデューサーや監督は、法律家ではないので、弁護士から単に「違う」とだけ言われても困ってしまいます。企画された演出意図を実現するための法律的設定は、法律監修を担当する弁護士の側から提示するべきだと考えています。



5 法律監修業務のよいところ


(1)もともとドラマ好き

 私は、幼少期から、刑事ものや法廷もののドラマ作品を大量に観て育ち、そこで描かれる司法の世界に憧れて法曹を志望するようになりました(特に、「特捜最前線」、「刑事貴族」、「太陽にほえろ!」、「西部警察」、「赤かぶ検事奮戦記」が好きでした)。そういう意味で、もともと視聴者として憧れ、興奮していた世界に、今は製作者側として関わることができ、とても嬉しく思います。また、司法試験の勉強が辛かったときに、ドラマや映画を観て励まされたり、気分転換できたりしたことが多かったので、合格できた今、微力ながら恩返ししたいという気持ちもあります。


(2)映画やドラマの制作に紛争性なし

 弁護士としての通常業務は、一般に、民事、刑事、家事、行政事件のいずれにおいても、対立的構造あるいは紛争性があります。そのため、相手方や国の機関との間で先鋭的な対立が生じている事案など、ストレスフルな案件も多くあります。それに対して、映画やドラマの制作は、対立的構造ではなく、作品の完成という同じ方向を目指してチームが一致団結して取り組むというものです。したがって、弁護士としての通常業務が本質的に内包するストレスからは無縁であり、私にとっては、よい気分転換になります。何もないところから企画を立て、無から有(作品)を作り出すというクリエイティブな側面も刺激になります。


(3)違う業界の人と触れ合え、刺激になる

 撮影現場や打ち上げの場では、俳優、女優、音楽家など、全く違う業界の人と触れ合うことができ、大いに刺激になります。こうした場で、接点のなかった人との間で無理矢理にでも何か共通の話題を見つけて会話をしなければならないのは、コミュニケーション能力のトレーニングにもなります。

 これまでの触れ合いで最も深く印象に残っているのは、故地井武男さんです。私がはじめて法律監修を担当したのは、土曜ワイド劇場「西村京太郎サスペンス 鉄道捜査官11」です。はじめての撮影現場の立ち会いで、非常に緊張しているときに、倉田課長役の地井さんの方から気さくに話しかけてきて下さいました。地井さんは、私が大好きで全話観ていたドラマ「刑事貴族」において、「タケさん」(武田秀彦警部補)役を演じておられたのですが、実際は、その強面の役柄とは違い、物腰の柔らかな優しい方でした。その地井さんと、「刑事貴族」やその主役の水谷豊さんのお話しをさせて頂くことができ、感激しました。地井さんの遺作となった土曜ワイド劇場「大崎郁三の事件散歩」も、縁あって法律監修を担当させて頂くことができました。また、「鉄道捜査官11」では地井さん演じる倉田課長が涙ながらに引退し、「鉄道捜査官12」以降は、筧利夫さん演じる野川課長が後をつぐのですが、「鉄道捜査官12」以降もシリーズ最新作に至るまで引き続き法律監修を担当させて頂いています。



6 私が目指す法律監修


 最近、社会から寛容性がなくなってきていると感じます。テレビで放映されたドラマ作品をめぐっても、ネットですぐ「炎上」したり、スポンサーとなっている企業に抗議の電話を集団でかけまくることを広く呼びかけたりといったことが多く起きています。制作現場も以前に比べ、社会からの批判をおそれ、萎縮しているようにみえます。

 いうまでもなく、表現の自由は、あらゆる意味で最大限に保障すべきであり、大切にすべきです。表現手段が多様化し、誰もがネット等を通じて自由に意見表明することができるようになったことはよいことです。そうした状況であることを前提にすれば、できるだけ自由な放送を許容し、あとは、各メディア・各人が自由闊達に意見表明、論評すればよいと思います。度を超えた態様の番組「攻撃」は、結果として番組全体をつまらなくさせ、視聴者自らの首をしめることになります。率直に言って、万人の賛成を得られるような無難な作品は、つまりません。エッジが効いて、ある意味で大きく偏っているからこそ、作品として放送するだけの価値のある面白いものとなるのではないでしょうか。そうした作品を確信犯的につくるのがプロだと思います。

 もちろん、制作側も、社会的弱者などに対する描き方など、様々な配慮が必要です。そうした部分にも法律家として協力し、知恵を出すことができます。私は、アクセル(外部からの批判をはねのけ、エッジの効いた作品を世に送り出すための理論武装)とブレーキ(行うべき社会的配慮に関するアドバイス)の両方を踏みこめるような法律監修を目指したいと考えています。



2016年(平成28年)5月13日
さくら共同法律事務所
弁護士 山脇 康嗣